平和と核の問題は一体です。また、核について日本では、「核」と「原子力」と言葉の使い分けがされますが、世界では区別なく(nuclear)、軍事と平和利用は緊張関係にあり繋がっています。私たちは、原発がなぜ普及するようになったかの歴史的背景を注意深く見ておく必要があります。原発を推進する国や企業は「原爆と原発は違います」と繰り返し言ってきましたが、実はそこに一番触れられたくない事情が隠されています。
原発の世界への普及は、核兵器を持ち続けたい大国が経済安定のため立案したものです。第二次世界大戦後、アメリカと旧ソ連を中心に核競争が激化、このままでは国家が経済破綻してしまうのを避けて儲ける部分も設定しました。また、原発を買う国には核開発しない約束をさせ監視し、保有国の優位を保ちました。その代わり、原発を買った国には国家と担当企業に利権の集中が図られます。
さらに、これはアメリカが特に戦後すぐ行ったこととして、自分たちの落とした原爆が悪魔の兵器だったという批判を避けるため、放射線の影響が極力小さく見えるよう、ABCC(原爆傷害調査委員会)を設置し報告をまとめます。そしてABCC報告を元にICRP(国際放射線防護委員会)が組織され、原子力関連の労働者に被ばくの訴えを出させないためにも、放射線の規制を甘くしてきました。それは現在、福島で原発震災が起きた後も、その影響はないとすることに繋がっています。
日本はアメリカから原発を導入しましたが、再処理や高速炉開発にここまでこだわるのは、エネルギーのためではないと警戒すべきです。それは核武装です(絵本『魔法のヤカン』愛育出版 あとがきにも)。その可能性は、日本が原発導入を決めた時の原子力基本法案の議案説明にも、歴代大物政治家の言葉にも、外交政策の文書にも刻まれています。また、これまで何度も国会で、自衛のためなら小型核兵器を保持しても合憲との与党側答弁がなされています。でも行わないのは、核武装そのものが目的ではなく、同盟国への商売まで考えているからでしょう。どれだけ憲法をねじ曲げ解釈しても、さすがに九条がそこまでは許さないのです。核の問題を放置しないことと改憲阻止は、信仰者の務めと思います。まさに、いのちと平和の問題です。
ところで2022年の夏、政府は、ロシアのウクライナ侵攻で石油やガス高騰のドサクサに、原発が攻撃対象となることにはフタをして、原発政策の大転換案を出しました。そうして国会審議も経ず閣議決定、その後も関連のGX法案をアッという間に通しました。しかし、どのように国が進めようと、よくない政策や法はまた変えることができます。多くの人が騙されていますが、原発は諸工程を入れると一番コストが高く、太陽光と風力の発電は一番安いのです(映画『原発をとめた裁判長そして原発をとめる農家たち』にも)。真実を知り、伝えていくことが大事です。