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創世記10章、11章

                                                       2013.9.25 聖書を学び祈る会
10章は、創世記が記された当時の、ヘブル人に知られていた世界の人種の、親族関係である。そしてこれは、その当時の想像によるものである。今日の科学的人種学と、一致しない部分があっても、不思議ではない。
 10章21節の「エベル(eber)」は、イブリ(iburi/ヘブルのこと)と同じではないかと言われる。「エベル」は、「川向こう(から来た)」という意味を持つ。エベルの真の血統はペレグが受け継ぎ、それはアブラハムにつながる。もう一人の子ヨクタンにつながる子孫は、アラビアの種族である。

 11章は有名なバベルの塔の話が出てくる。「バベル」はヘブル人が呼んだバビロンの呼称であり、それはバビロニア語で「神の門」を意味する。ところが、これがヘブル語の「バラル」(乱れ)と通じるので、聖書記者はそのことを記した。バビロンの古都には、多くの塔(ジグラット)が発見されているが、バベルの塔はそれらと似たものではなかったかとされる。この物語は、神の認識と神への奉仕とを離れた人間の努力は、空虚であるという永遠の真理を私たちに教える。
 バベルの物語については、巨大な塔の建設を人々が目論みそれが途中で挫折したという出来事があったことは、想像のできる事柄であり、実際に起きたことの記録伝承であると認められるとしても、ある日から急に言葉が混乱して通じないようになったということは神話ではないかとも評される話である。

 批判的な見方をするならば、そうであるかも知れない。しかしまた一方、別な見方をすることもできるかも知れない。つまり、起きた出来事の表現の仕方が、神話風にまとめられたのだと。これは十分に理解できることであり、また古代の文章表現方法として許される範疇である。つまりこういうことが起きた場合などである。建設の途中で、資金繰りやら食糧確保やら、また労働条件の釣り合いの悪さに、雇用側と労働者との間に対立が生じ、また長々と続く何の役にも立たない事業工事にストレスが積もり、労働者間でも連日のように不調和があちこちに勃発し、コミュニケーションが破れ、あっと言う間にチリヂリに散会していったということである。こういった場合、神を信じる民はその事件を聞いて、その起きた出来事の深い意味を読み取り、神が人々の愚かな計画を自滅させたのだという観点から、人々の間に起きた不調和を、神の罰として分かりやすい話にし後世に語り伝えた。それを聖書記者もまた、同じような神学理解から受け継いでまとめた、ということであるかも知れない。
 しかしまた一方、聖書に書かれているこのような不思議な記述も、普通、そのままの出来事として起こったとは想像しにくいとしても、神が本当に介入すれば起こり得ないことでもない。のちにイエスの時代に、かなりの頻度で、不治の病が癒されたり、死者が復活したりといったことも、神の介入により人々の目の前で起こり、信じようとしない人たちの前でもなされ、それゆえに宗教者たちがイエスを嫉妬のゆえに殺した、というようなことから比べれば、バベルの言語の混乱の事件は、小さな奇跡と言ってもよいかも知れない。そして中近東世界の言語を調べてみれば、本当に面白いことに、各言語のアルファベットの発音も、数の代用としても用いられたそれらの一文字一文字の配列順番(数え方)も、どうしてこれほど文字の形や単語そのものは違っているのに、似ているのかということは不思議な程である(東京三鷹の中近東文化センターを訪れられるとよい)。

 11章の終わりからは、アブラハムの物語が始まる。これについては、本日の紙面の都合もあるので、次章からの部分に合わせて紹介しよう。

創世記9章

2013.9.18 聖書を学び祈る会

ノアとその家族は箱舟を降り、祭壇を築き、神に献げ物をした。神は彼らを祝福されて、かつてアダムとエバ、また全ての生き物に対して言われたと同じ祝福(「産めよ、増えよ、地に満ちよ」)を、再び与えられた。
 またそれに加えて、人類の食糧として肉食を許可することが、創世記もここにきて初めて明言される。これはしかし、人間の食物が本来は植物だけとして造られていたと見るよりも(すなわち、アダムとエバの堕落以後に罪のゆえに体質も変わったかのように受けとめることより)、旧約の聖書の民がそのような理解をしていたということだろう。はっきり言って、人間は、植物だけでなく肉も魚も食べなければ、細胞がもろくなり(特に脂質不足、他にも)早く死んでしまう。そういう風に最初から造られているので、安心して食べるとよい。何度も繰り返しているが、聖書は字句だけに捉われず柔軟性を持って読むことが大切で、特にはこれは、確かに霊感を与えられて書かれてはいるが、基本的には神を信じた民の信仰告白の書として読まれるべきである。

 さて、神の祝福に戻るが、神はまた9~17節において、人類と全ての生き物に対して契約を立て、二度と洪水によってこれらを滅ぼすことはしないと約束をされる。この約束をはっきりと示すため、神は虹をしるしとして空に置かれたと聖書の民は記した。かつて、中近東を中心とする当時の世界に、大洪水が起こったこと、しかしそれでも神の予知を受けてノアとその家族が備えをし、それによって信仰を証しし、また警告を発し、世を審き、また新たな歩みが始められたこと、そのスタートのときに神は、空に虹をおいて彼らを勇気づけられたと、一連の物語の中で聖書の民は、これらを信仰の視点からとらえてまとめた。まことにこれらは、神に対する信仰の告白としてよくまとめられている。ヘブル語で『虹』は、『弓』と同じ言葉である。すなわちそこには、神は弓を雲の中に置いて、攻撃の手を休められたというイメージも重ねられている。恐らく実際、ノアもこの虹を見ただろう(しかし恐らくはもっと早いタイミングで)。そして神の怒りがこれをもって終了したことを、やはり同じく感じたことだろう。虹は誰しもが見て、心を洗われるような思いがし、また理屈ぬきに希望を与えられる不思議な光景である。ともかくも、聖書の民は虹を見るたびに、ノアの洪水と、しかし神は再び人類に祝福を約束し、平和のしるしをくださったこととを、感謝をもって繰り返し思い起したのであった。それは神も喜ばれる信仰の生き方であろう。

 これらの話の後で、最後に触れるのがやや拍子抜けになるが、9章末にはノアがぶどう酒を飲んで酔い、天幕の中で裸になって寝たのを、3人の息子が見て、これに対する処し方の違いで、ノアが彼らの子孫の将来を祝福あるいは呪いを宣言した、という記事が出てくる。聖書の記者は、裸そのものも、また酔うことも、恥ずかしいこととはしていない。問題は、恥ずかしいと感じた者が、これに対する愛情の処置を取るのではなく、告げ口をして面白がるだけだったということに、重大な罪が潜んでいるということを示す。結果、そのゆえにハム族(その子カナン族も将来、パレスチナに住みイスラエルの敵となった。ハムの子は他にもエジプト、エチオピア人などの祖に)は神に喜ばれなかった、とユダヤ人(もセム族)は理解した。またセムは主流民族の祖に、ヤフェトは異邦民族の祖になったとする。しかし私は、これらはユダヤ人の因果応報感覚による理由づけであって、それが本当に神の望まれる歴史経過であったかどうかは別と思う。誰かが誰かの奴隷となるというようなことを、神は望まれなかったと信じる。

創世記8章

                                                        2013.9.11 聖書を学び祈る会
7章で、大洪水は地上にみなぎり、およそ天に下にある高い山はすべて覆われた、また地上の生き物はすべてぬぐい去られ、ノアと箱舟にいたものだけが助かった、とある。
 確かに、中近東の相当な広範囲に、大洪水が襲ったことは、地質学からも分かっている。けれどもそれは、地球上のすべてが大洪水にみまわれた、などということでは絶対にあり得ない。
 ここに聖書に書かれてあることは、紀元前千年ほどの聖書の民から見た、当時の知識や世界観に基づく地理的感覚であって、当然のこと、限界のあるものである。聖書にはそういった内容が沢山あることを、覚えておくことが必要である。

 ところで、ノアの箱舟は、水の上を漂い、アララト山にたどり着いたとある。アララト山は、チグリス、ユーフラテスの二つの川の上流の高原にある、この辺りで最も高い山で、標高が5185mもある。「アララト山の上に止まった」とあるのは、山頂を意味するわけではないし、原文の正確な訳も「アララテ山脈の上に」となる。おそらく、ある程度の高さの場所で、水平を保っている尾根に止まり、水が引いていったのであろう アララト山は、別にその山麓の人たちはユダヤ教徒でもないが、今でも土地の人たちはアララト山のことを“ノアの山”と呼んでいる。また、ここコーカサス地方は、長寿の村としても有名だが、実は、ぶどう酒の世界的起源の場所として、色々な学究調査の結果、まず間違いなくここがそうだろうと特定された場所でもある。9章でも、ノアがぶどう畑を作り、ぶどう酒で酔っぱらった記事も出てくる。ノアは実在の人物で、洪水を舟で生き延び、その後この地方に住んだというのは、聖書を信じない人にとっても、否定のできないことではないだろうか。

 さて、私たちは再び、聖書から読みおこしたいと思うが、箱舟について考えてみると、その構造は、大きさ、材質、出入口の位置にいたるまで、ずいぶん詳しく記述されているのに、この箱舟を運転する装置のことは何ひとつ指示されていないのに気づく。帆も櫓もかじもない。その通り、この舟は自力では航行できない舟であった。どこへ行くのかも、また何時までなのかもを、すべてをただ神のよしとされるままに、ノアは身を委ねたのであった。教会もまた、同じような存在なのではないだろうか。

 1年も舟の上で過ごした後、ついにノアとその家族たちは地上に降り立ち、麓におりて、そこで生活を始める。しかし彼らが最初にしたことは、「主のために祭壇を築いて」「そしてすべての清い家畜と清い鳥のうちから取り、焼き尽くす献げ物として祭壇の上にささげた」ことであった(8章20節)。
 私たちはどれほど、主を第一とし、また感謝を献げているだろうか。どれほど忍耐強く、主の導きを待ち、苦難にも耐え、希望をもって歩んでいるだろうか。どれほど忠実に、主が命じられたことを果たしているだろうか。そして、一つの待ち望んだ結果が出たあとにも、そのことの感謝を、まず神に対して表わしているだろうか。個々人においても、教会においても、これが最も大切なことではないだろうか。それらの肝心な中身が抜けているのならば、どんなに教会が外面的に大きく立派になろうとも、それは空しいことを忘れてはならな
い。

創世記7章

                                                      2013.9.4 聖書を学び祈る会

創世記6~9章の洪水物語には、同じことが何度も繰り返されて記されているのに気づく。これらは、2つの資料(P:祭司資料、J:ヤハウェ資料)がつなぎ合わさって作られているためである。以下に例を示す。
                                          (  )は資料名

 6章14節以下に箱舟を造り、すべての獣と鳥を入れることを神が命じられたとあるのに(P)、同じ記事が7章1節以下にも出てくる(J)。また7章7節でノアの家族が箱舟に入ったことを記しているのに(J)、13節でまた繰り返している(P)。なお他に、6章19節ではすべて命ある肉なるものを1つがいずつ箱舟に入れることを命ぜられたとあり(P)、7章2節では清い獣と清くない獣に分け、前者は7つがいずつ、後者は1つがいずつ、鳥はすべて7つがいずつ入れることを命ぜられたとある(J)。

 洪水の原因も、記述が完全な統一をしていない。7章4節と12節では「四十日四十夜の雨」が原因となっており(J)、7章11節では大雨の他に「この日、大いなる深淵の源がことごとく裂け」たことも要因となっている(P)。

 これについては少し説明が必要かと思うが、古代ユダヤの天文・気象学では、天は固い半円球で、そこに窓があり、これが開くと半球の上にある水が雨になって降ると考えられていた。また地の下も水で、地表はその上に浮かんでいるとされ、泉などはその水が出てくるわけだが、その源の地表がひどく破れて大水になると考えられていた。つまりP資料ではその両方が起きたと理解された。

 当たり前のことであるが、ついでで言えば、そのような古代の考え方は、勿論のこと間違っている。何度もお伝えしているが、聖書は誤りのない書として読むのではなく、神を信じた民の信仰告白の書として読むことが大切である。つまり、私たちはそれを読んで、時代的制約のあるものを冷静に見分けつつ、神がそれでも私たちにお語りになる、今も変わらないメッセージを受けとめ、また聖書の民がそうしたように、私たちも実存をかけて信仰の道を歩むことである。

 7章は、予告されていた洪水がついに起きたが、ノアは終始一貫して、神に対し信仰を貫き通したことを記す。ノアが「神に従う人」(ツェデク:「義人」、口語訳では「正しい人」)であったことは、7章1節に書かれてあるが、それは5節の「ノアは、すべて主が命じられたとおりにした」との文に説明されるのみならず、16節の「神が命じられたとおりに、すべて肉なるものの雄と雌とが来た。主は、ノアの後ろで戸を閉ざされた」と記されている、箱舟の戸を閉めることまで主の御手に委ねていたことに、彼の全幅の信頼の姿を見ることができる。

 ところで、上記に出てきたが、聖書にある「清い獣と清くない獣」の区別は、モーセの律法のレビ記11章に詳しい規定が記されている。清い獣は神への犠牲、人間の食用とされた。のちにイエスは、この区別を廃され、もっと根本的な視点を示された(マルコ7章15~23節)。

 今の私たちにとっては当たり前に思える、イエスが示されたその考えも、当時のユダヤ人にとっては驚天動地の言葉に違いなかっただろう。しかし、実は同様のことが、現代も教会の中に幾つも存在し、根本的な視点が見失われ、本当に大切に覚えられるべきものの優先順位が、転倒してしまっていることがあるのではないだろうか。

 最後にもう一つ、7章1節にあるが、ノアが神に従う人であったために、家族みんなが救われた。ソドムの町のロトの場合も同様だが(19章12節)、これらは私たちに慰めと希望を与える。神は、神を信じる者に、特別な祝福をくださる。私たちは、神の愛を、自分たちの小さな頭で狭めたりしないようにしたい。

創世記6章

                                                        2013.7.17 聖書を学び祈る会
6章は、9章にかけて続く有名な「ノアの箱舟」の記事の始まり。資料的には、J(ヤハウェ資料/1~8節)とP(祭司資料/9~22節)が混ざっているとされる。この章は、やや難解な語が幾つも出てくるので、ここではそれらの言葉の説明を中心に触れることとしよう。

[6章2~3節] 「神の子らは」・・・この意味を「天使」と取る者もいるが、それは「神の子ら」という語から現代人が受け取るイメージであって、古代人がそのような意図で用いたかどうかは別である。ユダヤでは、「・・・の子」という表現は慣例的表現である。イエスは天使について、天使はとつぐこともめとることもしない(マタイ22章30節)と言われているし、またそれがユダヤ人にもよく理解できる内容だったことを合わせて考えると、ここでの意味は、それは天使を指す言葉と見るよりも、「真実に神を信じる者」という意味に取る方がふさわしいだろう。 人口が増えるにしたがって、神を信じる信仰がきちんと受け継がれていったごく僅かの者たちと、神を知らない者たちとが入り混じり、むしろ後者の者たちがどんどんと増える中で、信仰者の子たちでさえも信仰を結婚の第一条件にしなくなった、という文章であろう。 こうして人々は、一代一代と、神から遠ざかっていき、そうしてついに神も、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない」(口語訳)と言ったのである。 神は人間の自由を重んじられたが、彼らが神を畏れ、悔い改めをするようにと、彼らの寿命を短くされた。千年も生きるのではなく、死が間近になると、人間は多少なりとも悔い改めの機会があるものである。始祖たちが実際、聖書に記載されているように九百歳も八百歳も生きたかどうかは別として、創世記の記者は現在の人間の寿命を、堕落のせいで短くなったと受けとめたのである。

[6章4節] 「ネフィリム」・・・語源は分からないが、ヘブル語からギリシャ語に翻訳された七十人訳では「巨人」としてある。また民数記13章33節にもこの名が出てくるが、それは巨人である。神を信じる部族が、移住し、神を知らない他部族と婚姻が進む中で、背丈が大きく、強い戦士の部族が生まれたのだろう。力ばかりが礼讃されて、世は乱れていったことがうかがえる。この記事がノアの洪水の前に置かれているのは、人間が強さを誇っても、どんな力も神の前には空しいことの引き合いとして出されたのかも知れない。

[6章6節] 「(主は)地上に人を造ったことを後悔し、心を痛められた」・・・神も「後悔し」とあるが、「嘆いて」の意であろう。神は人間のことについて無関心な超然とした方ではなく、人間のゆえに「痛む」神であった。

[6章15節] 「箱舟の長さを三百アンマ、幅を・・」・・・1アンマは、肘から中指までの長さで約45cm。造るようにと命じられた箱舟は、長さ約135m、幅約23m、高さ約14mの実に巨大なものであった。この形は現代のタンカーに極似している。また古代の他のどの船とも違い、むしろ不自然な形で(細長すぎる)、どうしてこの、どんな嵐にも耐え得る安定した形をノアが知り得たかは、神の啓示という他はなく、科学者たちをも驚嘆させるところとなっている。

[6章22節] 当時人々は、ノアとその家族をあざけり、笑ったであろう。その中を、ノアと家族は、神の命に従って準備をしたのである。こんな巨大な物を造るには、気の遠くなるような年月をかけたことであろう(百年近く)。彼らはそのことにより信仰を証しし、そしてそのことによってこの世への警告を果たしたのである。しかし人々は悔い改めることをしなかった。神は人々に充分な機会のときを与えたにもかかわらず、彼らは改心をしなかったので、ついに審判の日が来たのであった(ヘブライ11章7節参照)。

創世記5章  

                                                         2013.7.10 聖書を学び祈る会
4章と5章で、出てくる系図の名前が合致していなかったり、あるいは抜けていたり、あるいはまた非常によく似た名がややチグハグに出てきたりするのは、これは創世記を現在の形にまとめた記者が、幾つかの違う資料をもとに組合せたものであることによる。
 ちなみに2~4章は、ソロモン時代の権力思考と堕落を嘆いた者たちによる資料(J=神名ヤハウェ)で、1章と5章はバビロン捕囚となり祖国の復興を願った祭司たちによる資料(P=祭司)である。他の主要資料にEとDがあるが、E資料(E=神名エル、エロヒーム)は北王国イスラエルに生まれた資料、D資料(主に申命記=D)は南王国ユダが滅ぼされバビロンに連れ行かれた先で生み出された資料である。いずれも信仰告白の大変な状況における資料である。なお創世記はD資料を含まず、その前の完成となっている。
 このようにして創世記は、幾時代かに分けられて、編纂し直され、現在の形に落ち着いたものである。資料の時代ごとに、用語や文体が違ったり、はたまた内容までが、重なるはずの記事に矛盾が生じたりしているのは、そういった編集の過程が何度か繰り返される中で、整合性が見落とされたからである。
 以上のことはまた、聖書の字句そのものが、必ずしも絶対的に、神聖で誤りのないものではないことをも意味する。聖書は、そういった書というよりも、その時代ごとの、神を信ずる者たちの信仰告白の書であった。だから、中にはとても現代では考えられないような、はっきり言ってあり得ないような記述もあっておかしくないし、それでも当時の人にとっては自然な考えもあったわけである。

 創世記5章に出てくる、人類の始祖たちの寿命の異常な長さも、その一つの例であろう。これを無理に、その通りであったと受けとめる必要はない。あるいはまた、これらの人の1年は今よりずっと短い時間の単位であったとの解釈も無用である。そういう字句に捉われる必要はない。凝り固まって読み、これらの寿命と系図を計算し、世界はアダムから始まってまだ6千年ほどだと真に受けて信じている集団もいたが、全く馬鹿馬鹿しい話である。まだしもマシな解釈に、これは個人の寿命ではなく、アダムに代表される時代が九百何十年、というように、その人の名の時代のことではないかというのがあるが、いずれにしても年数の合計が足り無さ過ぎる。やや乱暴だが簡単に言って、真実は、昔の人はそう思い込んでいたが、これらの系図は余りにも大雑把で、また科学的でもない、しかしそれでも記者はこの記述を通し、たとえ無意識であっても重要なメッセージを私たちに語ってくれた、と解するべきではないだろうか。
 記者が伝えたかったのは、楽園から追われたばかりの人間は、生命力に満ちていて長命であったろうが、それでも確実に死が彼らを訪れ、神が「必ず死ぬ」と言われた言葉から逃れることができなかった、ということではないだろうか。  ここに出てくる十人の長寿者。しかし5章を静かに読んで、「そして死んだ」「そして死んだ」「そして死んだ」と、「そして死んだ」が連続しているのを見て、私たちはこの単調な書き方が、他のどんな書き方よりもはるかに、雄弁に死を物語っているのを覚える。これが厳然たる事実である。

 人生は空の空、一切は空である。死から解放されない限り、人生から空しさを取り除くことはできない。しかし私たちは、そのような中にあって、ただ一つ、神と共に歩み生きることに、唯一の希望を見出す。24節には「エノクは神と共に歩み、神が取られたのでいなくなった」とあるが、ヘブライ11章5節には更に「信仰によって、エノクは死を経験しないように、天に移されました」と説明されている。この箇所も勿論、一笑に付してしまうことも可能である。しかしこの記述は、記者たちも普通あり得ないと認識しつつ、他の長寿者の中でもただ一人例外として記したものである。これにはやはり何らかの特別な意味があるのだろう。
 私たちに与えられたイエス・キリストは、インマヌエル(「神、我らと共にいます」)という名で呼ばれた方である。私たちは彼を信じることにより、いのちの中に移され、この地上での死がもはや終わりではなく、永遠に続く天国への凱旋であることを知っている。(Ⅰコリント15:22、ルカ20:37~38、他)。

創世記4章  

2013.7.3 聖書を学び祈る会

人類最初の兄弟が、兄弟殺しをするという、悲劇の物語。この物語は3章と同様にJ資料(神名はヤハウェ)に属している。J資料を編集した人々(ヤハウィスト)の時代は、ソロモンの時代で、イスラエルが政治的権勢と経済的繁栄の頂点に達し、傲慢不遜と自己過信という危険が忍び寄ってきた時代であった。
 ヤハウィストは、同じ時代、王宮と神殿の権力態勢を批判視し、地道な信仰の道を唱えた「地の民」(アム・ハー・アーレツ)と呼ばれた人たちと、おそらくは同じ、ないしは、かなりの人が重なる者たちであったと考えられる。
 この物語において記者は、罪のすみやかなる発達を描く。それは、記者たちが生きた時代すでに芽生えていた危険に対する、愛ゆえの警告も共に記されたものだったろう。

[4章1節] 「知る」・・・単に知的作用ではなく、それは最も完全な意味で、何かをあるいは誰かを経験することを意味する語。
 「カイン」・・・カーナー(「得る」)から来る派生語。

[4章2節] 「アベル」・・・「息」という意味を持つ。そのような、はかない存在であった。

[4章5節] なぜ、一方が受け入れられ(アベル)、一方が拒まれたか(カイン)については、明記はされていない。しかし、5節や9節に伺われるカインの荒々しい言葉から、おそらくは彼の気質が原因であると推測される。ささげた物が問題なのではなく、心の状態が問題なのである(ヘブライ11章4節)。出エジプト記22章28節のモーセの律法によれば、地の初めの産物の供え物は、主に喜ばれるとある。よってカインはこれが問題だったのではない。神は、ささげる者の精神をこそ見られる、ということを忘れてはならない(マタイ5章23,24節)。 おそらくはここでは、アベルが罪のあがないのための代償を必要だと感じたのに対し、カインは、罪の観念が無く、彼は自分の労作すなわち自分の義を、主の前に誇ろうとしたのであろうと考えられる。カインが、自分の義を誇ろうとしていたのでなければ、ささげ物が主に目を留められなかったときに、「激しく怒って顔を伏せ」る態度など取りはしなかったはずで、しかも主がそのことを忠告してもなお、怒りが沈まなかったのは、最初から傲慢な思いを持っていたことを裏付けるものである。
ところで、4節と5節に、主がどうやってそれぞれのささげ物に、目を留められたか、あるいは留められなかったかということを、ささげた者が知ることをできたかについては、例えば祭壇で焼いた煙が、真っすぐ天に向かって上がったか、地べたを這うように棚引いたか、といった違いがあったのかも知れない。

[4章9節] 罪の告白を引き出そうとする主の言葉に、カインはアダムの場合よりも更に悪く返答をする。弁解どころか虚言である。彼はまたアベルが羊の番人であったことから、それを皮肉って「私が彼の番人でしょうか」とまで悪辣に答える。人類の早くも二代目にして、罪が深刻に成長し浸透しているのを見る。

[4章14,17節] カインはどこで妻を得たとか、カインを殺す者とは誰かとか、町を作った構成員はどこから来たか、とか分からない点は幾つでも出てくるが、著者の狙いは人間の歴史の出来事のすべてを記録することでも、かつて生きていた全ての人々の完全な戸籍簿を提供することでもないので、あまり深く考える必要はない。言ってみれば、聖書はあちこちに矛盾が存在し、完全でもないが、それでも神は人間の不完全な媒体を通しメッセージを語られる。この物語の目的は、人類の不従順に始まる行ないの、悲劇的な結果を表わすことと、そしてその人類を、神が救済されるということを述べることにある。

創世記3章

                                 2013.6.19聖書を学び祈る会

3章は創世記でも有名なところで、多くの文学・詩・絵画などの主題ともなっているただ、1,2章の解説でも触れ

たが、あまり字句通りにとらわれる読み方はしないようにとお勧めをする。これらは、神から霊感を受けて書いた者の

イメージとしてまとめた物語であって、記述そのものが細かな出来事の記録と見るべきではない。何が起きたかは太古

の昔のことで分からないが、ともかくも人類が神に背いたこと、しかしそれでも神は人類を見離さず、愛をもって関わ

り続けてくださることが示された、神語の形を取った約束のメッセージである。

細かな描写にこだわり出すと、例えば絵画で表わす場合にも、果たしてアダムとエバには「ヘソ」があったのだろう

かとか、実にくだらない議論に白熱したりするのがオチで(始祖であるならぱヘソの緒、すなわちヘソは無かったのでは

ないかといったような愚間)、聖書の記述は完壁で何ら間違った描写は無いと思い込むほうがおかしく、もう少し精神的

にゆとりを持って読むほうが信仰的である。つまり、聖書そのものの記述方法が、編纂されたその時代の限界を伴って

おり、また神ご自身も、そのような限界を十分にご存知の上で、多少問題はあっても、その時代ごとに伝えたい肝心な

内容のみが伝われぱそれで良しとされた、という視点から、今新たに読み直す方法である。

[3章1節]

ユダヤで蛇が悪魔とイメージが重ねられた背景には、中近東の他文化においては、むしろ蛇が神の使いと大切にされ

たことへの、反発も含まれていると推される。ユダヤが忌み嫌った偶像神は、豊穣を祈るための多神崇拝であったが、

蛇はそれらの農耕文化にとっありがたい実りのしるしであったため、このようにイメージが重ねられたと思われる、別

に蛇を好きになれとは言わないが(私も苦手)、蛇を、聖書を理由に嫌うのはオカド違いというものだろう。

さて、それはそれとしても、この3章では、そんなことよりも更に、ここで悪魔が人間にそそのかしの言葉をかけた

内容が、「園にあるどの木からも取って食べるなと、ほんとうに神が言われたのですか」(口語訳)というような、非常

に上手な騙し方をして近付てきていることが、最も気を付けるべき事柄である。神は、「善悪の知識の木の実からは決

して食べてはならない」(2章17節)と言われたが、悪魔は全文の否定はせず、ごく一部だけを微妙に曲げて語りかけ

て来るのである。これが、今の時代も変わらぬ、悪魔の私たちへの接し方である。

つまり、現代でも私たちに語りかける悪魔の手法は、その殆どがすぱらしく、また時に信仰的な奨めさえ伴って語ら

れる場合があるのであるが、それでもその根には隠された、いや隠しておきたくなる、都合の悪い話が潜んでいて、き

れいな言葉で飾り、気づかせないようにして忍ぴ寄ってくるということである。

注意して生きていないと、エバが3章3節でうっかり答えてしまい、またその間違いに気も付かないままであったよ

うに、どんどん悪魔の罠のペ一スに巻き込まれていってしまう。神は園の中央にある二つの木のうち、善悪の知識の木

の実だけは「食べてはならない」と言われたのであり、かつ又「触れてもいけない」などとは命じてはいなかったので

ある。これらは神話的に記された物語であり、記述自体が歴史の記録ではないが、それでもそ内容は、私たちがどのよ

うに神に対して真剣に生きなくてはならないかを、象徴的に示すものである。

[3章15~17節]

15節はキリストを示す最初の預言と言われる。16、17節は、人が罪のゆえに受けた罰であって、神が人間に本

来的に求められた生き方ではない。人は神の福音と出会い、本来的な生き方へと戻ることが神の御心ではないだろうか

。この箇所を、女が男に従属することの正統づけしようとする根拠にしてはならない。

創 世 記 2章

2013.6.12 聖書を学び祈る会

[2章3節]
 七日目のあとの記述がないことについて(他の六日間に比べ、「夕べがあり、朝があった。第※日の日である」との記述がない)、アウグスティヌスは、「七日目に夕がなく、暮れることもないのは、それは神が、この日を聖とし、永遠にとどまるようにと、なしたからである」と言っている。それはそれで、信仰的な解釈であろう。聖書の民が、第七の日すなわち安息日を、神が聖別された特別な日とし、また大切に守ってきたことと、この七日目の記述の仕方が他の六日間とは少し違う終わり方をしていることとは、合致していると言ってよい。しかし恐らく、そんなに力説して、夕が七日目にはなかったと言い切る必要もない。アウグスティヌスも、また別な機会に紹介するが、勘違いの聖書解釈をしている時があるので、絶対視することはない。
 ユダヤ人の発想では、世界は無から造られたのではなく、1章2節にもあるように、混沌から神が秩序立てて世界を整えられたと信じていた。同節を見ると、初めから地があり、また闇があったと信じられている。したがって、ユダヤでは時間の流れは、最初に闇があって後から光が与えられたから、一日は夕方から始まり、夜が明けて朝となってから一日の後半が続くとされる。2章3節は、ただ単純に、「夕べがあり、朝があった。第七日の日である」との記述が、神が第七の日を聖別されたことのみに焦点を絞りたかったから、省かれただけのことであろう。つまり、大切な日の記述はカッコよく終わりたかった、同じ記述に揃えれば間抜けな記述になってしまうから、ということだと思う。
 聖書の一字一句を、全てにおいてあまり神聖視し過ぎると、狭量的な読み方に陥ってしまい、他宗教や文化に対して排他的になったり、また、隣人に対しても話の通じない偏屈な態度を取ってしまったりすることにもつながるので、私たちはバランスの取れた聖書の読み方が必要だろうと思う。ショックを受けるかも知れないが、聖書は絶対的な書物ではなく、神から霊感を受けて書かれてはいるが、時代ごとの限界を有しており、永遠に変わらぬ完全無欠の書というよりは、編纂されたその時代ごとの、神を信じる民の信仰告白の書と言うべきものである。中にはいろいろな矛盾や、問題となる表現も所々出てくるが、それらを差し引いてもやはりスゴイというのが聖書である。

[2章18節]
 1章で六日目に人間が創られた記事があるのに、また2章でも記事があるのは、元になった資料が別々だからである(1:1~2:3はP資料、2:4~2:25はJ資料)。
 ところでこの2章の「彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」(口語訳)も、「彼に合う助ける者を造ろう」(新共同訳)も、共にマズイ訳である。聖書協会の翻訳者集団が、男性優位の考え方から抜け出られない人たちであるとの批判を免れ得ない。
 「助け手」「助ける者」と訳された「エーゼル」は、聖書では8割がた「神はわが助け」との文で出てくる語で、つまりそれは間違っても「神はわが助手」とは言わないわけで、「かけがえの無いもの」「無くてならないもの」の意味での「助け」であって、アシスタントであるかのような誤解を与える訳はマズイ。
 また「彼に合う」の「合う」という語も、これはシンバルなどの楽器が「向かい合う」とか「響き合う」という時に使うのと同じ単語で、これらを考えると、「彼と向かい合う、かけがえの無い存在を造ろう」という内容の訳に変えてほしい。ここで示されたのは、アシスタントではなく、むしろパートナーである。

[2章24節]
 「父母を離れて」とある。少なくとも精神的に独立して、新家庭を築くのである。親離れ、また子離れが大切である。「嫁入り」や「両家の結婚」などという発想は捨てたほうがよい。また「一体となる」と訳された語は、直訳すれば「共に生きる」という語であり、その本来的な意味を忘れてはならない。

  創世記「はじめに」(概論と1章略注)

                                                             2013.6.5 聖書を学び祈る会

[概論]
 創世記は、モーセ五書と呼ばれる旧約聖書の一部である。天地創造からヨセフの時代まで、自然に一つの区切りを持っているけれども、必ずしも最初から一書として独立していたわけではない。従ってこの書は、続く出エジプト記以下への導入として読まれるべき書である。具体的にはそれは、神が民と結ばれた契約ということを扱う。
 また、伝説的にはモーセの著作とされているが、部分的にはモーセの手になる古い伝承が含まれているとしても、全体的には、数人の人々によって数代にわたって書かれた幾つかの資料が、最後に一つの意図をもって編集せられたものと考えられる。(物語の記事が、そこに述べられているよりずっと後代のものであるとしか考えられない例;創世記12:6、22:14、26:33、35:20、36:31、申命記34:5~8、他多数)。(この書が、数個の違った資料から成ることを示す箇所の例;1章と2章の創造の記事の違い、6:19と7:2の箱舟に入った動物の数の違い。神の名が、あるところはヤハウェ、あるところはエルまたはエロヒームとなっていること、等々)。
 研究によれば、創世記は、J、E、Pの3つの資料が合わせられたものと考えられている。J(神の名ヤハウェ)は前9世紀、E(神の名エル、エロヒーム)はそのあとあまり時をへだてず、前8世紀の終わりにはJEは合併され、P(祭司資料)は前5世紀、エズラ、ネヘミヤ時代に形成されて、今日の創世記の形は、前4世紀までには整えられていたものと考えられる。それらの編纂が始まったきっかけは、前10世紀のソロモン王の時代にさっそく、ダビデの時代とは違って王をはじめとして信仰の堕落が始まり、そのことを憂えた「地の民」(アム・ハー・アーレツ)と呼ばれる人々が、神の御心を指し示すために文章化する作業を開始したことによる。彼らは職業化した宗教者たちではなかった。
 さて、以上、少し難しくなったが、創世記を読む上で注意すべきことは、この書はいわゆる純粋な、客観的な歴史
書ではないということである。もちろん歴史的な出来事も含むが、それらをそのまま記録にすることを目的としたものではない。それゆえこれはまた、科学の教科書として評価されるべきものでもない。これは、神の人間に対する愛の啓示の書であり、人間の命の意味、生きる意味が、信仰告白の形をとって表されたものである。

[1章略注]
 1:1「はじめに」・・・物語の時間的な問題を扱っているというよりも、むしろ物事の根源、根拠、土台について語っている。原文ではこの語は冠詞がなく(ヘブル語には冠詞がよく付くがこの語には無く、英語に直すとin beginningになる。theを付けている英語訳は不正確)、これは「そもそも」とか「根源的には」とかの意味で、創造の背景には神の目的や意志が働いていたことを示す文となっている。従って、これは科学的順序を示すものではない(原理主義的に読み、そう信じ込んでいる人達は、三日目と四日目の創造順序の矛盾など、どう説明するのだろうか)。
 1:27「神にかたどって」・・・地上における神の代理者としてとか、他にもいろいろの解釈がなされるが、神との交わりにおいて神の栄えを表わすものとして、造られたと解釈される。また、神の本性(ホンセイ)は愛であるので、それを表わしてこそ、まことに人は神の似姿と言われるべきである。
 1:27「男と女に」・・・神はご自身に似せて、人を男と女とに創造された(新共同訳は、この辺のところをぼやかした訳となってしまっており残念)。人は男も女も、共に神の栄光の似姿として造られている。またこのことは、神の内には、人間のいうところの男性性も女性性も、共に豊かに有していることを示している(神を男性と決めつけたり、父性にだけ限定することは、正しくない)。
 1:28「従わせよ、支配せよ」・・・好き勝手にしてよいということではなく、「管理しなさい、お世話しなさい」が真意だとの指摘が、近年やっとなされるようになった。