創世記36章、37章冒頭

2014.2.12 聖書を学び祈る会

2014.3.19 聖書を学び祈る会

36章のエサウの系図を終え、創世記はいよいよ37章から、ヨセフ物語に入る。これよりあとは、ユダとタマルのことを語った38章と、ヤコブの死についてふれた49章を別にして、全体がヨセフ物語である。ヨセフについての記述は非常に詳しく、いきいきと記され、その数奇な生涯を通して神に愛され導かれた姿は、イスラエル民族が自らの歴史を重ねて見るときの希望となっている。

[36章8節] エドム人(ヘブル語で「赤い」は「アドモニ」)は、エサウの子孫で、エサウの生まれた時の肌の赤さからその名が出たとされている。ヤコブに騙された豆スープの色も赤であり、またエドム人が住んだ、死海からアカバ湾に及ぶ山岳地帯(セイル)の岩の色も赤く、総じてエサウの子孫は「赤の民」と呼ばれたようである。

[36章31節] この表現は明らかに、イスラエルが王制をしいてから後の世に書かれたものであることが分かる。だから、モーセが創世記以下、申命記までの五書を書いたのだという伝説が、正しくはないことが分かる。旧約最初の聖典は、ソロモン王の時代、それまで口伝で受け継がれていた伝承を元に、「地の民」と呼ばれる国の堕落を嘆く人々が、まとめたものであることがほぼ分かっている。

[37章2節] ヨセフは、兄たちのする悪事を黙っていることができなかった。しかし、それを言いふらすこともよくなかった。彼が兄弟たちから憎まれるようになったのも、彼自身の性格にも問題があった。このことは、彼が得意気になって夢の話をするあたりに、もっとよく表れてくるようになる。

[37章3節] ヨセフはヤコブの年寄り子として父ヤコブに愛された。ヨセフは、ヤコブが愛した妻ラケルとの間に生まれた長子であり、しかもラケルは第二子を産んだ時に亡くなっているので、ことにもヤコブの愛の対象になったのであろう。しかし、その偏愛は、彼(ヨセフ)に幸福を与えなかった。兄弟から憎まれたからである。

[37章3節] 「裾の長い晴れ着」は、働き着ではないばかりか、ぜいたくな物であった。サムエル記13章18節には、王の姫たちの着物とされている。

[37章5節] ヨセフの夢も神の啓示であったかも知れないが、それを兄たちに、口に出して語ることは、ただの傲慢であった。これがわがままに育てられた彼の欠点であった。しかし神は、それらの人間たちの欠点をも利用して、試練と同時に、益となる道をも備えられる。本章はその始まりである。

次回:4月9日(水)創世記38章。(3月26日と4月2日は春休みとします)