マルコ福音書 14章53節~15章15節

                                                   2013.5.8 聖書を学び祈る会

[最高法院で裁判を受ける](14:53~65)

 イエスは、エルサレムにある七十人議会(サンヒドリン)の議員が全員集まっているところに連れて来られた。この議会では、宗教に関する分野と、民事に関する分野の裁判の権限が与えられていた。他の事項に関しては、ローマから派遣されている総督府が決定をした。また、このサンヒドリンには、死刑の権限は与えられていなかった。そういうわけで、彼らは、何とかイエスにとって不利な証言を集めて、死刑を議決する機関に持って行こうとしたのであった。

 イエスは、自分に不利な偽証が出てきても、黙っておられた。また、中には本当にイエスが語った事の証言も出てきたが(58節はヨハネ2:19参照)、それについての彼らの証言が食い違っても、好きに言わせるままに放っておかれた。豚に真珠という言葉があるが、彼らには何を語っても無駄だからである。しかし、ご自身の使命についての最も重要な質問「あなたはメシアか」ということにだけは、はっきりと、「そうである」と答えられた。そしてこの言葉が、彼らにとって決定的な冒涜の言葉となった。

[ペトロ、イエスを知らないと言う](14:66~72)

 イエスが捕えられ、弟子たちは逃げていったが、ペトロは事のなりゆきを知りたくて、イエスがいる大祭司の屋敷の中庭まで入ってゆく。マタイ26:58には、「ペトロは遠く離れてイエスについていった」とある。しかしその「遠くから」が、彼を過ちに陥らせた。誰しもが弱さを身にまとっている。しかしだからこそ、いつもイエスの御そば近くいる必要がある。そしてまた、いかなる失敗をしても、それでも包み込んでくれる主の愛に立ち返らなくてはならない。

[ピラトから尋問される](15:1~5)

 ユダヤの最高法院は、イエスを死刑にしたがったが、当時はローマ帝国の支配下にあったため、死刑の決定には、ローマのユダヤ支局の許可が必要であった。そういうわけで、イエスはローマのユダヤ総督ピラトのもとに連れてこられる。ピラトは、ユダヤの宗教的いさかいには付き合いたくはなく、さっさとムチ打つ程度で済ませたかった。しかしユダヤ上層部が、イエスをローマに反逆する政治犯として、ピラトにくいさがる(ルカ23:2、他参照)。そこでピラトはイエスを審問しなくてはならなくなる。が、イエスを見ても、彼らが言うような政治犯には、とても見えなかった。

[死刑の判決を受ける](15:6~15)

 ピラトには、ユダヤ人たちがイエスを殺したがっていることが、ユダヤ上層部の嫉みや扇動によるものだとわかったが、もうどうにもおさめようがなかった。結果、ピラトは正・不正を貫くことではなく、騒乱が起きることを恐れ、政治的に自分が不利にならない道を選んだ。このような政治家は、いつの時代にも大半を占めている。これは私たちの心のいいかげんさを代表するものである。