マルコ福音書 7章1~37節

 2012.10.31 聖書を学び祈る会
[昔の人の言い伝え](7:1~23)

 イエスの名声が高まるに従って、ガリラヤ地方にいたパリサイ人、律法学者たちは、エルサレムに応援を求めて、いっそう激しくイエスと敵対をしていった。ユダヤ教本山のエルサレムから来た応援隊は、イエスに、何か非難・攻撃できる材料はないかと、機をうかがっていた。
 食事の前に手を洗うという行為は、ユダヤにあっては、衛生上からよりも、宗教上の意味から重視されていた。それは旧約の律法を、パリサイ人、律法学者たちが、日常生活に適応するために拡大解釈したものであった。しかし彼らは、この規則を守ることによって、自分たちは神に熱心に仕えているのだと思ってしまっていた。そしてそれを自負し、それをしない人たちを軽蔑していた。このとき彼らは、律法を、神の御心をたえず問いながらこれを行なうというのではなく、ただ形式化して、表面的にだけ、自分の義を誇るためになしていた。これは神の喜ばれるところではなかった。キリストは、人を生かすための具体的な外面的な行為と、それを動かすための内面的な動機づけの、両方の重要性を説かれた。
 ところで、以上の話は、遠い昔の出来事として片付けてしまえるであろうか。同じようなことは、いつの時代も、また宗教熱心な人々の間において起こり得るということを、私たちは覚えておかなければならない。本当に重要なことを見失い、さほど重要ではないことに妙なこだわりばかり持つ体質は、ブランド指向の教派が陥りやすい過ちであることを、忘れてはならないであろう。

[シリア・フェニキアの女の信仰](7:24~30)

 イエスがこの地を訪れたのは、静かな憩いの時を持たれるためであったが、それでもここでも仕事が待っていた。イエスの仕事は本来、神が人類に魂の救い主として彼を遣わしたということを、伝えることであったが、これは唯一神信仰や罪の贖いという観念の下地がなければ、理解しにくいことであった。それゆえまずイエスは、地上におられる間は、ユダヤに宣教することを第一とされたと言うことができるかも知れない。これは彼の地上での、限られた空間と時間上で、仕方のないことであった。しかしここに、異邦人であってもイエスに対し、信頼を寄せる者がいた。イエスは、彼女のその信仰のゆえに、願いをきかれた。
 イエスがしかし彼女との問答の中で、いささか冷たい、また民族差別的だとも思える言葉を最初に使われるのは、彼女に信仰があるのを見抜いて、異邦人には神の恵みは与えられないと思っている周囲のユダヤ人たちに対して、当て付け・皮肉として言われたのだろうと解するのが、一番正しい解釈であろう。このことは、平行記事のマタイ15:23をみれば、納得がしやすい。イエスは度々このような、周囲の民族主義・律法主義の者たちに対する当て付け・皮肉を、他の箇所でも言われているので、そう解するのが一番適切である。しかしそれにしても、この言葉にめげずに、しかもその言葉を上手に使って切り返す、彼女の知恵としたたかさは見上げたものである。まさに信仰が彼女を強めたのである。

[耳が聞こえず舌の回らない人をいやす](7:31~37)

 イエスがガリラヤ湖に来られると、人々は耳と口の不自由な病人を、いやしてもらうために連れて来た。ここにはイエスに対する信頼と、神の憐れみを乞う、へりくだりの姿があった。この人々はデカポリスの人たちであった。デカポリスはガリラヤ湖の東下半分に接している地域である。ということは、実はこの地はかつて、イエスがレギオンという悪霊に取り憑かれた男を、いやされた場所であることがわかるのである。その時は人々は、イエスに出ていってくれと願った。しかし次にこうしてイエスが来られた時、イエスを感謝して迎えるに至るまで、変わったのである。その背景には、いやされた男の証しと(マルコ5:20)、また彼をみて人々が、どんな多くの家畜(財産)よりも、人間の方が大切だということが、よくわかったのであろうことがうかがえる。